今日は 2010年11月2日です。 小さくて 83さいの 男の人は Corona del Mar 高校の クラスの 前で いすに すわっています。私は クラスメートと そふの じんせいの 話を よく 聞いています。
1945年8月6日の 午前 8時15分です。 私の そふは 広島大学の エンジニアリングの ビルの 2かいで しゅくだいを 出しています。 とつぜん クラスの中で みんなさんは つよくて 明るい ひかりを 見て、 ビルが ぜんぶ たおれます。つぎに そふは まっくろで 起きます。 からだの 上に たくさん けつえきが 見られます。あちらこちらで ないている人は ひでとけています。そして あつくて 黒い 雨が ふっています。すぐに そふは 広島の となりに あるまちへ はしって、家族のうちで おじさんと しんでいる いとこに 会います。
今 私が いる クラスは とても しずかに なります。 そふは げんしばくだんに ついて 話しています。 びょういんに ながいこと いました。でも、からだの ちょうしが よくなってから、すぐに いろいろな しゅみを また はじめました。じゅうどうの 先生に なったり NASAの Apolloを 作ったりしました。それから アメリカへ ひっこししてから、わたしの父が うまれた と言います。
そふの せいかつは とても たいへんでした。じつは みんなさんに 話している時に、 母は 私に 『じいちゃんが だんだん ちょっと おそくて ねむく なっています』と言います。しかし 私は それを 見ていません。私は すごく かかんな人 だけ 見ることが できるからです。そして そふは こうじょうしんが つよくて、 毎日 よくなりたい と思っている人です。
そふの 話は とても たいせつな けいけん でした。それで 今日、いくら 私の せいかつが たいへんに なっても、 私の 中に そふが いる と思って、かならず がんばります。私は そふの ちからで 一番 むずかしい ことを する ことができます。